認定NPO法人アジア・コミュニティ・センター21 副代表理事・事務局長 鈴木真里
私が所属する認定NPO法人アジア・コミュニティ・センター21(ACC21)は、2005年の設立以来、20年以上にわたり公益信託アジア・コミュニティ・トラスト(ACT)の事務局を務めている。ACTは、アジアの開発途上国における民間の自助努力を支援するため、1979年に設立された日本初の「募金型」公益信託だ。故・今井保太郎氏と(財)MRAハウスによる出捐から始まったこの公益信託には、現在までに日本の市民や企業によって28の特別基金が設定されている。2025年度末までに、累計913件、総額約10億1,400万円の助成金がアジア15か国へ届けられ、教育、農業、保健、環境保全など多岐にわたる活動を支えてきた。
いま、アジア諸国はかつての「開発途上国」という画一的なイメージを超え、最果ての地にも急速なIT化の波が押し寄せている。昨年、私が訪れたインドネシアの東ヌサ・トゥンガラ州マラカ県(ティモール島西部)の様子を通じ、伝統と革新が共生する現場をご紹介したい。
マラカ県の峻険な丘陵地帯にあるビセスムス村では、かつて女性や子どもたちが数キロメートル先の水源まで毎日歩き、重い水を運ぶのが日常だった。この状況を一変させたのが、現地NGO「Solar Chapter Indonesia」による支援である。創設者のムスティカ氏は、ユニセフやロックフェラー財団からも評価されるインドネシア屈指の若手イノベーターだ。彼女らが開発した太陽光発電式給水システムは、1日3〜4時間を要した水汲みの移動時間を、自宅からわずか3分へと劇的に短縮した。
現在、村内49か所に蛇口が設置され、水へのアクセス率は100%に達している。水という生活基盤を得たことで、家畜の飼育や農業が拡大し、現金収入が増えた。その結果、子どもを学校へ通わせる経済的な余裕も生まれた。特筆すべきは、30年の稼働が見込まれるこの設備を、村の若者たちが自ら維持・管理できるよう「ソーラー・チャンピオンズ」として育成している点だ。若者たちは村の歴史や慣習の意味を年長者から学び、年長者は村の発展のために若者たちと話し合い、将来を語り合う。外部の支援に依存せず、自らの手で未来を切り拓くという「自立」への強い意志が感じられた。
隣接するマヌレア村では、さらに象徴的な光景に出会った。ここにはIoT技術を用いた遠隔監視システム「Water IQ」が導入され、貯水量がリアルタイムで計測されている。興味深いのは、ジャカルタの技術チームでも特定できなかった故障が、村の長老たちの祈祷によって直ってしまったという逸話だ。科学の合理性を超えた精神的な力が、今もなおこの地を包み込んでいる。
この地において、水は単なる資源ではなく、精霊に守られた「聖域」である。水源は長老の許可なしには立ち入れず、動物を近づけない、川で洗濯をしないといった厳格な「アダット(慣習法)」によって清浄さが保たれてきた。人々は、最新のIoTデバイスの恩恵を受けながらも、伝統衣装のイカット(絣織)を身にまとい、先祖から受け継いだ精神的な規律を捨てることはない。
マラカ県の村々で見たのは、自然や伝統を尊びながら、持続可能な技術をしなやかに取り入れていく人々の姿であった。
事務局としての私たちの使命のひとつは、どんな僻地であっても自ら野を越え山を越え、現地の鼓動をこの目で確かめることである。観光では決して訪れない土地で、地域の人々や地域のリーダーたちと車座になって語り合い、その成果を大切な資金を託してくださった日本の寄付者へ報告する。こうした地道な民間による公益活動は、見知らぬ土地の人々へ想いを馳せる市民の善意と、豊かな想像力によって支えられている。
ODAや国連に比して資金は小規模かもしれないが、民間の国際協力と支援はかつてなく重要だ。欧米の援助予算削減で脆弱な国の福祉や開発が脅かされる一方、人権を否定し活動を弾圧する国も増えている。危惧すべきは、人々が不平等に慣れ「動いても無駄」という無力感に陥ることだ。自由や健全な社会のあり方を実感せぬまま育つ世代が増えれば、未来は閉ざされる。だからこそ、民間の力で相互に信頼できる社会づくりと人づくりを継続しなければならない。健全な社会とは何か、夢を持てるとは何かを体験できる場を支えることが、今こそ必要とされている。