(公財)日本フィルハーモニー交響楽団 理事長 平井 俊邦
この1年半は実演芸術団体にとって悪夢のような期間であった。
日本フィルは、昨年2月から4か月間にわたり一切の活動を停止した。
6月10日無観客ライブ配信、7月10日有観客(50%)で公演再開を果たした後も、ソーシャルディスタンス、外国人アーティスト入国制限、感染症予防対策の徹底等、楽団運営は困難を極めている。
通常の状態に戻る見込みは、2021年夏である現在も立っていない。
この間オーケストラは、芸術面、コミュニケーション面、財政面で大きな毀損を受けた。
舞台上のソーシャルディスタンスのため、アンサンブル上の難しさの他、楽器編成や曲目選択に制約が生じた。
また、外国人アーティストの入国制限は長期的なスケジューリングとプログラミングを停滞させ、芸術性の毀損を産んだ。
46年間続いている地元ボランティアと協働して作る「九州全県オーケストラ公演」と、3世代で楽しむ「夏休みコンサート」も実質中止。
10年続いている東日本大震災被災地へ音楽を届ける活動も300回を超えたところで止まってしまった。
年間150公演を通し、お客様とともに作り上げてきたコミュニケーションの場が失われてしまったのだ。
財政的な影響はとりわけ甚大であった。
計画した演奏収入は72公演の中止で約6億円を失い、年間経常収支は4億円近い損失に達する見通しが当初出た。
その場合3億円を超える債務超過を覚悟せざるを得ず、一気に「楽団存続の危機」に直面する羽目になった。
事業継続のため相応のキャッシュフローを確保する一方、巨額の赤字に対峙するには自助努力(給与カット、一時金ストップ等)の上、社会に対し支援を要請する以外なしと判断、積極的な情報開示と発信に踏み切った。
文化芸術の必要性・重要性と楽団の事業継続への理解を求めた。
その結果、全国の多くの方々から「文化芸術を守れ」「日本フィルを存続させよう」との熱い激励と、寄付等による絶大な支援をいただいた。
コロナ個人寄付金は、1億円を大きく超えた。
想像だにしなかった大きさに涙し感謝すると共に、文化芸術に対する人々の思いの強さをあらためて知った。
民間企業・団体、そして国・自治体からも助成金をいただいた。
特に、国からは赤字補填はしないが実施公演への積極的助成、将来の収益力を強化する事業に対する支援等、手厚い助成があった。
これら支援額を総合すると2020年度に限れば奇跡的に債務超過を回避し、正味財産を積み上げる結果となった。
音楽は人が生きる上で極めて重要で大切なものであることを示してくれた。
しかし、コロナ禍の収束が見えない状況では、オーケストラの赤字構造は今後も続き、厳しい経営状況が続くことになると覚悟している。
コロナ禍という先の見えない不測の事態の中で、困難を極めたオーケストラ経営の現場から感じたことをいくつか述べたい。
1.公益財団法人の事業継続、持続可能性について深く考えさせられた時でもあった。
収支相償の原則、正味財産300万円を2期連続下回ると解散。
予測不能な事態の中で実情に即していないことが浮き彫りとなったように思う。
芸術性と社会性を追求、事業展開をし、経営努力をしているが、今回だけは法適用の恐怖を感じた。これが正しいのであろうか。
2.資本性劣後ローンを公益法人として初めて導入した(2億円、10年後一括返済、無担保無保証、金利当初0.5%)が、負債とされ正味財産とみなされていない。
一般企業では負債ではあるが自己資本とみなされ、債務超過を免れ企業再生の切り札として極めて有効に働いている。航空会社はじめ多くの企業の再建に役立っている。
公益法人ではまだ認められていないが、利益を上げることが難しい文化芸術団体が不測の事態に直面した際、事業継続を確保するために極めて有効な手段となろう。
金融機関から事業の長期継続に対するお墨付きをもらったともいえ、積極的導入と一般企業同様の運用を強く要望したい。
4か月間もの活動停止後のライブ公演、オーケストラの生演奏を聴いた時の全身の幸福感。
有観客ライブ公演での多くの聴衆の涙と感動。「音楽のもつ力」をあらためて感じさせられた。
そして同時にオーケストラの持つ社会的責任の重みを実感し、全うするために事業の長期的持続を果たさねばならないと、復活への決意を新たにした。