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『共感革命』発行に寄せてーリベラルアーツとしてフィランソロピーを読み解いてみる

(公社)日本フィランソロピー協会 理事長 髙橋 陽子


当協会は、1991年より、健全な民主主義社会の基盤にフィランソロピーが不可欠である、という認識のもと、フィランソロピーの推進を始め30年が経った。
フィランソロピーとは、ギリシャ語の人間愛を語源とし、アメリカでは、お金持ちが寄付をする、ということとして広まり、その後、人への愛を込めた社会貢献活動を通して社会課題の根本的な解決に向かう、という意味となり、今日に至っている。
ただ、語源の人間愛がベースにあるとはいえ、人の心に響き、行動へと移ることへの働きかけは、なかなか一筋縄ではいかない。
特に、90年代は、「えらいですね。がんばってください。以上」と言われて終わり。
褒められているうちは広がらないな、ということを思い知らされた。
最近は、随分変わってきたが、それでも、自分事と思ってもらい行動に移してもらうことは難しい。

そこで、30年という節目にあたり、次への一歩を踏み出すために、一般の方たちに向けて、フィランソロピーを、少し俯瞰し、リベラルアーツとして捉えて考えていただければ、という思いで、本を出版した。
これからの社会づくりは、共感を核にしていくべきだ、と思い、タイトルを『共感革命』とした。 
ここでいう共感とは、「属性を超えた人間としての共感」と定義した。
また、リベラルアーツは、一般教養、というように訳されているが、実は、リベラルアーツの目的は、「知覚・思考・実行」のプロセストレーニングであり、知覚を起点とした知的生産のためにデザインされたものだ。
そうだとすれば、リベラルアーツは、実行があってはじめて意味がある。
リベラルアーツとしてのフィランソロピーは、感じ、考え、そして行動する。
しかも、その核には、人間としての共感が貫かれている、ということを、この本を通して伝えたいと思った。

コロナ禍は収束するどころか、ワクチン接種もままならず、当分、右往左往せざるを得ない状況である。
生活の困窮は弱い立場の人をますます追い込み、子どもたちは、その被害を被り、安心・安全を保障されない日々が続く。 
Stay home で虐待が増え、多少経済的に余裕のある家庭では、親と教師が焦り、オンラインでも、塾だ、習い事だと追い立てられているようだ。
その合間を縫って、子どもたちはスマホでのゲームに没頭。
これとて、大人が作ったものだから、「心を亡くす」忙しさをあおっている。
実は、スクールの語源は、ギリシャ語で、本来「暇」という意味を持つ。

近年、特に、成果主義に振り回され、大人も子供も、KPIに追い立てられている。
『共感革命』の中に、野中郁次郎先生の「オーバー・アナリシス、オーバー・プランニング、オーバー・コンプライアンスの三大疫病から逃れて、もっと大きなコモングッドに向かうべきである」という言葉がある。
コロナ禍で、時間が出来た分、大人も子供も、少しぼーっと過ごすことで、人間が本来持つ、感性や知性を取り戻してもいいのではないだろうか。
リベラルアーツとしてのフィランソロピーに触れ、何らかのコモングッドに関わっていただけたら、と願っている。
そのためのコーディネーションを、これからも、丁寧に、心を込めて続けていきたい。

『共感革命~フィランソロピーは進化する』
 発行:公益社団法人日本フィランソロピー協会
 制作・発売:中央公論事業出版
 詳細:https://www.philanthropy.or.jp/books/2021/