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備えよ常に

(公財)公益法人協会理事・元高知県知事 橋本 大二郎

線状降水帯という言葉が、豪雨災害の解説の用語として初めて使われたのは、2014年8月に広島市で起きた、大規模な土砂災害の時だった。
その時、民放のお昼の情報番組の司会について間もなかった私は、この新しい気象用語の勉強に励んだものだった。それから10年余り、梅雨から秋雨前線の季節には、その名を聞かない日がないほど頻発するようになって、最近ではその直前予測まで出されるようになったから、線状降水帯がもたらす豪雨災害は、今や全国どこでも、よそ事ではすまされない出来事になっている。

それに加えて、地震や台風もその頻度を増すばかりだから、国であれ地方であれ、また公の立場であれ民間であれ、危機管理に大きな責任を担う方々は、日々息を抜く間がないのではないかと気にかかる。
といって思い起こすのは、安倍政権のもと7年余りにわたって、官房長官として国の危機管理の責任者を務めた、菅義偉さんのエピソードだが、菅さんはいかなる時にもすぐに総理官邸に駆けつけられるようにと、尋常ではないルーティンを自らに課していた。
それはどんな日課かと言えば、夜寝る時にもワイシャツを着たまま床に就くというもので、なぜそんなことをしていたのかと言えば、男性の場合、急遽仕事着で家を出なくてはいけない時一番手間取るのは、ワイシャツのボタンかけとネクタイ選びだからだ。このうちネクタイは、適当にポケットに突っ込んで、職場に着いてから結ぶことで間に合うが、ワイシャツはそうはいかない。そこで、夜寝る時には新しいワイシャツに着替えてそのまま横になり、何か起きたらそのまま飛び起きて官邸に駆けつける。何事もなければ、寝汗をかいたワイシャツを着替えて、新しいワイシャツで官邸に出かけるという日課を、繰り返されていた。

この菅さんの話を聞いた時、同じような心構えの方がいるものだと思ったのが、昭和天皇のことだった。というのは、昭和天皇は、さすがに夜お休みになる時はパジャマに着替えられていたが、就寝前は、夕食の時もお風呂から上がった後も、ワイシャツを身につけていたからだ。それは、太平洋戦争の戦況が厳しくなった頃から、夜分にも軍の幹部が御所に報告に参上することが増えたためで、普段着のまま軍の幹部と会うわけにもいかないことから、就寝前まではワイシャツ姿で通されていたという。

このお二人のワイシャツをめぐる話は、危機管理の最高責任者ともなれば、普段から一段も二段もギアアップした心構えを求められていることを教えてくれるが、最近のように、不測の災害が日常茶飯事になってくると、大きな組織の責任者に限らず、家族や地域などあらゆるコミュニティーを預かる人が、これまでにはなかったレベルの配慮を求められるようになってくるだろう。

子どもの頃に入隊していた、ボーイスカウトのモットー「備えよ常に」は、まさにこうした時代の生き方を指し示したものなのかもしれない。