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ヨーロッパとロシアについて

(公財)公益法人協会 副理事長 鈴木 勝治

1.ロシアのウクライナ侵略戦争がはじまって、6ヶ月強が過ぎようとしている。
 いまだにその帰趨は見極め難いが、冷戦終了後30年経った現在においても、人道を無視した戦闘が日常的に行われている現状は、感覚的にも理解しがたく、悪夢をみているとしか思えない。
 私事で恐縮であるが、30年程前にEUの中心地であるブラッセルの現地法人に勤務し、欧州各地を仕事や旅行で回った経験からすると、他人事として傍観することができない。また、このような事態となった原因やその結果について素人なりに考えをまとめ、自分を納得させないと気分的にも落ち着かない状況にある。

2.今般の戦争(宣戦布告していないので、正確には「事変」というべきと言う人はいるが、素人分かりする「戦争」という言葉をあえて使用する)の原因として、論者があげているものは枚挙に暇がないが、おおよそ次の三つに大きく分類されると思われる。
(1)プーチン大統領の個人的資質や狂気等に起因させるもの。
(2)ロシアの国民性や歴史ならびに過去からの政治体制に基本的な原因があるとするもの。
(3)ヨーロッパ(特に東西ヨーロッパ間)における歴史や人種・民族および地政学的な状況に直接的な原因があるとするもの。
 もちろん各論者の議論としては、これらの要因がミックスしたものとして行われており、単一の原因だけで説明されているわけではないことはいうまでもない。

3.筆者としては、専門家でもないことから、上記(1)と(2)の真相はわからないし、そのことに言及する立場にもない。
 ただ、上記(3)の要因については若干の現地での体験と、それに関連して読んだりした書物等により、次のように言えるのではないかと考え、ある意味勝手に自分を納得させている。

(1)日本のような島国では想像できないことであるが、欧州のように国が地続きである場合、領土は、それを守らなければ奪われてしまうという観念が国民の意識に根付いているように思われる。30年前のヨーロッパでの赴任の挨拶で訪れた西ドイツ(当時)では、第二次世界大戦後40年以上過ぎているにもかかわらず、あるドイツ人から「次はイタリア抜きでやろうぜ」と言われて愕然とした覚えがある。
   → このような地政学的特色から、ヨーロッパ史をみたものとしてやや古いが、基本的認識を得るのに便利なものとして、増田四郎著『ヨーロッパとは何か』(1967年、岩波新書)がある。
     また、文明の観点から全世界を俯瞰したものとしてサミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』(1998年、集英社)があるが、この本ではヨーロッパの地政学にも触れている。

(2)したがって国の安全保障ということに対し、ヨーロッパの人々は敏感で、常に合従連衡を考えており同盟や連合に事欠かない。ロシアはそもそもヨーロッパの国であるかどうかという問題に加え、古くは東からの蒙古の侵入、近くはナポレオンやヒトラー等の西からの侵攻に怯えているある意味で若い国であり、ここ100年くらいは、大国のように見えていても臆病であり、その裏腹として空威張りする国であるようである。
   そこで、ソ連邦体制崩壊後のロシアは、少なくともウクライナとベラルーシとの3国による防衛体制強化は必至と考えており、その結果、望むらくはユーラシア全体を纏めて再度その盟主となることを夢見ているようである。こうしたなか、ウクライナが西のNATOないしはEUよりの政策やそれへの加盟をはかることは、許し難いという考えや論理になるのであろう。
   → ロシアの国の成り立ちや性格については、これまたやや古いが司馬遼太郎著『ロシアについて』(1986年、文藝春秋社)がある。
     また、ソ連邦体制の崩壊後の問題発生の予測については、次のような古典的著作がある*。
     *ズビグニュー・ブレジンスキー著『世界はこう動く』(1998年、日本経済新聞社)

(3)なお、文化的に見てみると、例えば人の服装については、西から東へ行くにつれて野暮ったくなることに象徴されるように、ヨーロッパでは文化は東漸するものであると思われる。
   1989年の赴任当時、ソ連のゴルバチョフ大統領は「ヨーロッパ共通の家」と称して、ロシアを含めてヨーロッパは文化的にも共通であることを強調していたが、それは実体というよりは彼なりのロシアの西洋化のためのプロパガンダであったようである。
   個人的には憧れであったサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館で膨大な西洋の美術品をみたが、エカテリーナ二世以降の皇帝のこれでもかと言わんばかりの西ヨーロッパ美術品収集意欲の貪欲さとエネルギーには、正直言って辟易するほどであった。
   → エルミタージュ美術館を主体にしたものではなく、むしろソ連邦崩壊前後の事情に詳しいが、小林和男著『モスクワ特派員物語 エルミタージュの緞帳』(1997年、NHK出版)はこの美術館の奥深さも書いている。

4.今般のロシアによるウクライナ侵略は、どんな理由があろうとも政治的にも人道上も全く許すことは出来ない。
 しかし、上記3.に記載したような歴史や民族問題ならびに地政学的な事情もあるということを心の片隅に置いておくことは、これらの現象をみて、それに対処する場合において、強権発動でもなく日和見するわけでもない柔軟な対応をとれるような気がする。
 さらに、若干の補足をすれば、以下のような事にも留意するということであろうか。

(1)ロシアはある意味大国であるが、西側からすれば非民主的な野蛮国※と言っていいような国であり、決して民主主義国家ではないことから、西側のそれに基づいた、我々が正当と思う理論が必ずしも通用しないこと。
    ※こうしたある意味差別的な表現をすることには注意する必要があるが、高名なロシア文学者や政治学者に最近このような表現が多数あり、分かり易いことからあえてここで使用している。
     実際のロシアとロシア人については、最近のロシア情勢についてシャープな解説をされる小泉悠氏の『ロシアの点描』(2022年、PHP出版)が実情を描写していて参考になる。

(2)他方、ロシアは西側の文化や行動に対し、数百年にわたり憧れを抱いており、また信頼も置いていることから、一旦裏切られると自分の言動はさておき火のように怒り、暴れだすという性格を持っていると思われること。
   それは人間でいえば尊敬し、憧れていた人に対する信頼や愛情が破綻した場合、そのリアクションが大きくなるようなものであり、国というレベルでもそれは同様に考えられるのではないか。

(3)ロシアの憧れるヨーロッパという名前の起源は、よく知られているようにギリシア神話でゼウス大神にかどわかされた絶世の美女であるエウローペに起因している。実際のヨーロッパが歴史的並びに精神的にそれほど美しいかどうかには疑問があるが、それを永遠の憧れとしている人や国に対し、それを逆撫するような態度や行動をとることは、戦争に至る可能性を秘めたセンシティブな問題であることは、十分認識しておくべきと思われる。


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