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クマ問題から考える日本の未来社会

(公財)知床自然アカデミー 業務執行理事・事務局長 鈴木 幸夫
この半年、クマの大量出没と人身被害が多発する過去最悪の事態が続く。
警察官職務執行法の許可による銃器捕獲だけでは対応できず、9月から緊急銃猟(市町村長判断)も可能になったが猟友会頼み。
メディアは「捕獲」から「捕殺」「駆除」と表現を変え、災害級とトーンを上げて事態の鎮静化を叫ぶ。
知事からの自衛隊・警察への協力要請が相次ぎ、警察によるライフル銃対応も始まった。
そして「クマ被害対策パッケージ」が発表された。
クマだけに注目すれば重要対策は網羅されていると思う。
ただ、対症療法では問題は繰り返す。そもそもの原因は複合的なものだ。

最も大切なことは、鳥獣保護管理を担う市町村とサポートする都道府県に、野生生物保護管理の専門的知識・経験を有する人材を配置し、管理の単位である地域の実情に合わせ被害防除策と個体数調整・生息密度低下を含めた科学的知見に基づく管理計画を策定し、住民、市町村、都道府県、政府のそれぞれが担うべき役割を着実に果たしていく体制を整え実行し続けること。
過去このコラムや『公益法人』誌巻頭コラムでも紹介した、日本学術会議の「人口縮小社会における野生動物管理のあり方」が提言した通りだ。
漸くそれが政府パッケージに明記されたが、人材は一朝一夕では育たない。

また、クマ問題はクマとヒトがお互いの距離感覚を無くしたことが大きな要因と考える。
クマは食肉目。肉食から草食を主体とした雑食性に適応し、江戸以降はヒトとの闘争で奥山に押し込められた。
しかし、鋭い犬歯や爪、強靭な肉体はヒトなど簡単に殺傷する能力を保持する。
一方のヒトは最もひ弱な生き物。
薄い皮膚、素手で戦うことも出来ず、夏山でも疲労凍死する。
そんなひ弱さを都市的生活に慣れ切って忘れ、クマへの畏怖もなくした。
古来、獅子垣を築き追い払いと狩猟を続けることで野生動物から集落を守ってきたが、人口縮小と過疎化が続くこの40年で緩衝地帯を失い、クマはヒトに憚ることなく都市空間に侵出した。

また、これはクマだけの問題ではない。
顕著な増加をみせるシカ、イノシシや、アライグマなど特定外来種が、クマを含めて相互に影響し合い、行動変容が起こっていることも指摘されている。
一次産業や人身被害だけでなく、SFTSなどダニ媒介感染症多発も懸念されている。
被害報道に呼応して「根絶」意見も出る一方、「殺さないで」という苦情が自治体現場を忙殺することも続く。
両極の意見に翻弄されず、科学的な知見と予測によって野生動物全体の動向を見極め、管理していくことが求められている。
もっとも重要なことは、都合の良い自然だけをつまみ食いしてきたヒトの意識を変え、ヒトとクマの双方が緊張感と距離感を取り戻すことだ。
地域社会をデザインしなおし、持続可能な形で野生動物との距離を保ち、生物多様性を守りつつ生活圏を維持できる未来の地域を創ること。
クマ問題はヒトに、その知恵と実行を問いかけている。
我々もその実現に向け、活動を進めていきたい。


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