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知床の山々を見て思うこと

(公財)知床自然大学院大学設立財団 業務執行理事・事務局長 鈴木 幸夫
温暖化の影響で季節感がすっかり変わってしまった日本も、漸く秋めいた神無月。
アイヌ語シリエトク(地の果ての意)の知床は長い冬に入りつつある。
9月、10月とワイルドライフマネジメントに関する2つの実習を世界自然遺産地域などで行った。
ヒグマやエゾシカとの共存対策を事前にZOOM講義で学び、知床の現場で実務者からレクチャーを受けるものだ。講師陣も同行する。

9月の「知床ネイチャーキャンパス」では学生たちと秋の森や川を歩く。
サケの遡上はまだ少ないが、ミズナラ(どんぐり)は大豊作。
クマの気配は森では濃厚だが、昨年のような爆発的な市街地出没はおさまっている。
10月は自治体等で対策実務にあたる方々などと、大雨のなかを歩いた。
2日目は霰になり雪もちらちら。
川にはそこそこの数のサケが遡上しており、産卵を終えたホッチャレが他の生き物たちに命をつなぐ。
あっという間に知床連山が雪景色に変わり、横断道路は夜間閉鎖に。
今月5日には完全閉鎖され、ウトロから羅臼まで車で30分ちょっとの道程が、翌春まで根北峠経由の迂回ルートになり2時間半以上を要する。
 
自然公園法が改正され、一昨年4月から国立公園等での野生動物へのエサやりや接近が規制され、罰則規定も盛り込まれた。
知床ではミズナラの豊作や昨年の大量捕獲(殺)の影響により、今年の市街地でのヒグマ出没こそ激減したが、サケが遡上する川周辺でのヒグマ出没は当然あり(それが自然なので)、写真撮りたさの異常接近や、いわゆる「クマ渋滞」が頻発している。
実習中もその現場に幾度か遭遇した。
管理を担う知床財団職員の必死の呼びかけも空しく、無防備無警戒のカメラマンたちがヒグマに接近し、「いつか事故が」という危機的な状態が続く。
「ヒグマの棲家におじゃまする」という自然への畏怖の気持ちを込めた利用心得など、どこ吹く風だ。
 
法律の改正は、世の中をよくするために行われる(と思いたい)。
道路交通法もしかり、税法税制もしかり、公益認定法もしかり。
しかし、法律や制度を変更し整えても、それを生かすも殺すも人だ。
知床の現場では、罰則規定が出来てもそれを無視し続け、危険な状態を自ら作り出している人々が少なからずいる。
道路交通法が変わっても、スマホ片手の危険運転を繰り返す人々の姿をTVは映し出している。
知床岬の携帯電話基地局問題では、世界遺産条約の基準に明らかに抵触すると思われる開発行為が、なぜかすり抜けて認可を受け、進められそうになった。
 
法だけで自然や生態系を守ることはできない。
法の根底にあるべき倫理感とともに、そこにあるはずの人の「志」を育む意志が法を運用する側になければ、世の中をよくする流れにはなるまい。
そうするには、常に先人の志に立ち戻り、科学の力を借り、学びを続けるしかないだろう。
「ワイルドライフマネジメント」は野生生物保護管理と訳される。
しかし、その本質は人の行動や生活をマネジメントし、野生動物との軋轢を軽減していくことにある、と言われる。
人間社会の在り様を、知床の自然は超然と眺めているように見える。


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