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人口知能の進化と人間の経験の価値

公益財団法人 住友財団 常務理事 日野 孝俊
先日、ある科学者が何気なく発した言葉が頭から離れません。
「『年をとる』、ということが『経験による知識を増す』ということと同義であれば、それはAI(人工知能)で代替できてしまう」。

確かに、コンピューターは、人間では一生かかっても読むことが不可能な大量の文書をどんどん読み込んで、それをデータとして蓄えることは得意とするところです。
ただし、以前のコンピューターでは、蓄積はできたとしてもそのデータを自らの力で活用することはできませんでした。
あくまで「1」と「0」を組み合わせた記号でしかなく、その組み合わせを現実世界で意味を持つものとして認識して利用するためには、人間の力が必要でした。
しかし、現在の生成AIは、その知識を整理・体系化して判断材料として使い、新しいものを生み出す、というところまであっという間に進化してきているのです。

だとすると、「経験」の価値は相対的に落ちるのかもしれません。
我々が年長者に求めることの一つは「経験」でしょう。
「あの人はよく知っているから頼りになる」「あの人はこういう場面を経験しているから適切に判断してくれるはず」。
しかし、その「経験」が知識の蓄積だけなのだとすると、それはもう生成AIには敵わない世界なのです。
AIが蓄積する知識の量は圧倒的です。そして、過去の事例を正確に抽出した上で、的確に判断する、などということは、もう未来の話ではありません。

さて、前置きが長くなりましたが、多くの公益法人で、理事や評議員は年長者に頼り切っているのではないでしょうか。
そこにはまさに、経験のある年長者であれば安心して任せられる、という発想があるのだと思います。
特に財団法人は、その所有する財産を「守る」という最大の命題があるわけですから、その傾向が強いように感じます。
リスクをとって何か新しいことをやろうとするよりも、リスクをできる限り抑えられるという能力が期待されていたといえます。

しかも、収支相償の原則と言われているものがそれを端的に表しています。
収支のプラスは解消しなければいけないが、収支のマイナスは繰り越せない、と言われてしまうと、法人運営は消極的にならざるを得ませんでした。
赤字を繰り越せるようになる、という今回の法改正は、その意味で、公益法人の運営を大きく変えることになるはずです。
理事や評議員の選考についても、その条件には今までとは違った要素が加わるようになるのだと思います。

ちなみに、冒頭の科学者の話は、研究者についての話でした。
例えば、10年研究を続ければそれなりの経験ができるわけですが、その10年の経験はAIで代替できる、とすると、研究者には年齢による差異は無くなる、ということになるわけです。
もちろん、人間の経験は知識の蓄積だけではありません。
特に、人と人とのコミュニケーションから生まれる経験はまだまだAIには負けないはずです。
しかしながら、そんなことを言っていられるのもあと数年なのかもしれません。


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