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「ワイルドライフマネジメント」をもっと広めたい!

(公財)知床自然大学院大学設立財団 理事 鈴木 幸夫

2023年のクマによる人身被害は218名、死者は6名(速報値)で統計開始以後過去最多。 年間捕殺数は、この20年間1,000から4,000頭で推移していたが、2019年は6,000頭を超え、昨年は9,000頭を超えた。 シカとの軋轢はさらに深刻で、農作物や森林を食い荒らし、高山帯などでは貴重な植生や 群落を破壊し、食害で荒れた森や山は大雨で土砂崩れや土石流を起こし生態系そのものに 危機をもたらす。 鉄道を含む交通事故も深刻度を増し、シカの体に付着し住宅地や都市に運び込まれる大量の マダニは、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)などの人獣共通感染症リスクを高める。 日本各地で進む人口縮小と過疎化、耕作放棄地の増大が、奥山に押し込められていた 大型哺乳類の住宅地や都市部への侵出を後押しする。

このような野生生物との軋轢を解消し、自然生態系の資源価値を地域活性化につなげていく ことをワイルドライフマネジメントという。その仕事を担う専門人材がワイルドライフマネジャーだ。 学問としては比較的新しく、基礎的データ=生態や生息数、個体群動態などの不足から 発展途上の領域でもある。 そもそも野生動物の個体数推計は至難で、「増えたものは減らせばいい」という単純な問題でもない。 クマもシカも絶滅寸前に追い込んだ過去の轍を踏まないよう、生態系を保全しながら、 軋轢の要因である野生動物と人間の行動を管理するのだが、それは非常に難しい。

ご存知の通り世界自然遺産・知床は、海から山まで多様な生態系がつながった優れた環境を維持している。 そこには過去の開拓や観光開発の歴史が詰まっており、農林水産・環境業の現場でもある。 しれとこ100平方メートル運動(ナショナルトラスト)によって買い上げられた開拓跡地では、 原生的自然の回復という壮大なチャレンジが続いている。 ヒグマが高密度で棲息する一方、ヒグマによる死亡事故は起こしていない、野生動物との共生を 実現させている稀有なエリアなのである。

ここに知床の経験と研究の蓄積を生かしたワイルドライフマネジメントを学ぶ場を作り、 ワイルドライフマネジャーを育成するため、当財団は活動を始めた。 そして、学ぶべき教育内容を示すモデルプログラムとして、座学だけでなくフィールドワークや 演習を含む「知床ネイチャーキャンパス」を2016年にスタート。 すでに200名以上に履修していただいた。

今年1月からこの分野の第一人者で梶光一東京農工大学名誉教授によるオンライン講座 「ワイルドライフマネジメント」を始めた。200名近い受講申込を受け、隔週1回夜90分間の講義を限定配信で計14回行う。 海外含め36都道府県から学生、社会人、管理の現場を担う実務者が学ぶ。 受講者の熱心さを見ながら、こうした機会や講座メニューを増やし、広め、今後も深刻化する この社会ニーズに応えていきたいと、思いを新たにしている。



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